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同志社人インタビュー第10回 ~小説家 藤野可織さん~

同志社人インタビュー第10回目は、前回の川尾朋子さんにご紹介いただきました、小説家 藤野可織さんにインタビューを行いました。
同志社で過ごす私たちの心に響く、貴重なお話を沢山お伺いすることができました。
ぜひ最後までご覧ください!

(同志社大学今出川キャンパス 有終館前にて)

藤野ふじの 可織かおり氏 小説家

2004年に同志社大学大学院文学研究科美学芸術学専攻修士課程修了。
2006年、「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞受賞。13年、「爪と目」で第149回芥川賞受賞。14年、『おはなしして子ちゃん』で第2回フラウ文芸大賞受賞。
近作に『私は幽霊を見ない』(角川文庫)、『来世の記憶』(KADOKAWA)、『ピエタとトランジ』(講談社文庫)、『青木きららのちょっとした冒険』(講談社)など。

インタビュアー
・同志社大学神学部神学科4年次生 足立あだち 香緒かお(写真:左)

・同志社高等学校3年生 竹田たけだ 二葉ふたば(写真:右)

・同志社高等学校3年生 藤原ふじわら こころ(写真:右から2番目)

Q:小説家としての活動を始めたきっかけはなんでしょうか。また、いつ頃から小説家になろうと思ったのでしょうか。

A:直接的なきっかけは新人賞を受賞したことです。26歳のときに「文學界新人賞」という賞をもらって、それでプロの作家になりました。
小さいときには絵本がすごく好きで、当時からいつかお話を作る人になるだろうとずっと思っていました。
みなさんくらいの年齢のときは、他になりたい職業があって大学院に2年行ったんです。でも大学院を出るころになって、「私は何にもなれていないな」ということに気がついて、目指していた職業もちょっと無理そうだなと思ったので、慌てて小説を書き始めて、そのあたりから新人賞に応募し始めました。

Q:小説のアイディアは日頃どのようなときに思いつくのでしょうか。

A:日常生活の中で思いつくことが多いです。あとは書いている最中にも次の作品のテーマを思いつく、というのは結構多いです。

Q:藤野さんの小説からは、怖さや不気味さのようなミステリアスな側面があると感じます。どのようにそういった非日常的なことを思いつかれていますか。

A:もともとは私、怖い映画が好きで。あと美芸(文学部美学及び芸術学専攻)で勉強していて、もともとどうしてそこに行ったかというと、美術館で作品を観るのが好きだったんです。芸術作品の中には不気味なものとか怖いものが当たり前にあって、だから書くときに怖いものを書くというのは、すごく自然なことだったんですよね。私にとってはそれが日常とつながりのあることだったから、そういうものをよく書くんじゃないかなと思います。

Q:小説を書くとき、一貫したテーマはありますか。

A:少し前の話になるんですけど、最初に小説を書き始めたときは、自分のことは小説を書いている間は男でも女でもない、「小説を書く機械」だと思っていたんですね。ただ、芥川賞をもらったときにたくさん取材を受けまして、そこで「小説家」という属性よりも「女性」という属性の方を優先的に扱われたことがありました。全然小説の話を聞かずに、ステレオタイプな女性についての質問があったりとかして、私はそれにすごく驚いたし、結構傷ついたんですよね。それまでもずっと自分が女だってことは分かっていたんですけど、そのときに初めて「あ、そうやったんや」と。小説家としてより、女性ということで、「男性には聞かないようなことを女性には聞くんや」ってそのときにすごく思って。それまでは自分が女性であるということを大事に思っていなかったのですが、それ以降は私が「女性である」ということ、女性だから経験してきたことは、小説の大事な題材だということにはっきりと気が付いて、そこからは積極的にそういうテーマも取り入れるようになりました。

Q:作家としての使命感があればお聞きしたいです。どのような人にどのような事を伝えたいと思っていますか。

A:マイナスな意味に捉えられることもあるポリティカル・コレクトネス(※)について、私は肯定的に捉えています。今まで私たちが差別してきた人たちの声がやっと聞こえるようになったのなら、当然、耳を傾ける必要があります。私は私の小説をその人たちにも読んでもらいたいから、こちらの無意識のままに差別するような小説を惰性で書き続けていくことはしたくないと思っています。ですので、常に新しい情報を取り入れて、自分の軌道を修正してきたいな、ということはいつも考えています。考えているだけでできていないことは多いですが、心がけていたいです。10年後に今書いている小説を読んだら、「あんなこともこんなことも気づいていなかった」と思って、「なんてひどい小説を書いていたんだろう」と思うかもしれないということもよく想像しています。その責任は自分で負っていくしかないなと思っています。
(※ポリティカルコレクトネス(political correctness, PC)とは、特定の民族や人種、宗教、性別、ジェンダー、職業などに対する差別や偏見、またそれに基づく社会制度・言語表現は是正すべきとする考え方で、日本語では「政治的正しさ」「政治的妥当性」などと訳されます。)

Q:常に自分の軌道修正をしていきたいとのことですが、藤野さんがご自身の価値観をアップデートしていくために意識されていることはありますか。

A:それは読書です。やっぱり本を読んで、学んでいきたいなと思います。日本は翻訳書もたくさん出版される国なので、ちゃんと新しい本に目を通して、知識を得ていきたいなと思っています。

Q:本は若者にどのような良い影響をもたらすと考えられますか。

A:やっぱり知識を得るには本がいちばんだと思いますし、その手段をみすみす手放すのはもったいないんじゃないかなと思います。もちろん物語を消費するという点においては、映画とかマンガとかいろいろな手段がありますし、私も映画もマンガも大好きなので、必ずしも小説である必要はないと思うんです。ただ、知識を得るということについては、やっぱり未だに本が最先端じゃないかなと思うので、本をいちばん最初に参照するのが手っ取り早いし、効率的じゃないかなと思います。

Q:大学在学中にいちばん力を入れていたこと、また印象に残っていることはなんですか。

A:大学では授業に出なかったことはほとんどありません。決められたスケジュールに従って動くのが苦手なんですけど、一回その波に乗れば逆に楽でした。ちゃんと授業に出たというのは頑張っていたんだな、と今になっては思います。あとやっぱり授業がおもしろかったんですよね。だから出ていたんだと思います。それからカメラクラブに入っていて、写真をたくさん撮って楽しんでおりました。

アイオワのPrairie Lights Booksという書店での朗読会にて

Q:同志社での学びが今の藤野さんにどう活かされているのでしょうか。具体的に教えていただきたいです。

A:大学院で、文章の書き方を学びました。ゼミの先生が文章を書くことについて厳しい先生で、論文というのは文章で成り立っているから、正しく文章を組み立てさえすれば自ずと論文は出来上がるんだとおっしゃっていて。論文の書き方の規則について教えてくださいました。私のゼミではおもに視覚芸術といって、目で見て楽しむ芸術について批評を書くことが多かったんですけど、その作品が視覚的にどういう作品であるかを文章で説明しないといけないんですよね。「なにが」と「どのように」を正確に描写することさえできれば、その論文で立てるべき問いも立ってくるし、その答えもぼんやり見えてくるはずだ、と教わりました。私は当時から人より文章が上手いはずだといううぬぼれがあったので、研究はくだらなくても文章だけは上手いものを書きたいっていう、研究そっちのけでとにかく文章の精度を上げることにすごくはまってしまって。そのことばかり気にして勉強していたので、大学院での2年間は今に完全に活きていると感じています。

2024年4月のブックツアー ニューヨークにて

Q:今後のご自身の活動予定と目標についてお伺いしたいです。

A:今年中に出すはずだった本の加筆をしている最中なんですけれども、あまりにも進んでいないので今年中には出ないかもしれません(笑)。来年になる気がしてならないのですが、本が出ます。
目標は、これからも長く書き続けることだけです。それだけですね。

Q:最後に、同志社の後輩たちにメッセージをお願いします。

A:小説を読んでもらいたいです。小説は、人の寿命よりも長く存在するものもあります。だから、頼りたいときに小説はいつでもそこにあります。小説は様々な生き方や考え方があり得るという、無数の選択肢を提示するものだと思っています。ひとつひとつの小説がそれぞれの選択肢を提示していると思うので、どういう選択肢があるのかなっていうのを知るために、ぜひ小説を読んでください。

インタビューを終えて感想

■足立 香緒さん(同志社大学神学部4年次生)
藤野さんのお話を伺い、文章を世に出すということに対して強い責任感を持っていらっしゃる姿に感銘を受けました。藤野さんは世の中に発信するために、単におもしろい小説を書くだけでなく、無意識に人を傷つけていないか慎重に検討されていました。私自身読み手として、そういった信念に気づけるように敏感な感性を持っていたいと思います。また読書の意義を改めて実感し、学びへの意欲が高まりました。特に藤野さんの「小説は無数の選択肢を提示するものである」という言葉が印象に残っています。私も、読書を通して最先端の信頼できる情報を得たり、様々な考え方に触れて今後の人生における選択肢を増やしたりと、本で得た知識が自分自身の糧となるよう多くの本を読んでいきたいと思います。
この度は貴重な機会をいただきありがとうございました。

■竹田 二葉さん(同志社高等学校3年生)
インタビューが始まる前は、同志社の先輩で、活躍される作家さんでもある藤野さんにお話をきけるということが楽しみな一方、どんな方なのかな、私なんかが会話できるのかな、と緊張、不安もありました。しかし、実際にインタビューが始まってみると、全く構えることなく、物腰柔らかにお話してくださり、私も自然とリラックスしてお話を楽しむことができました。藤野さんのお話される言葉や文章は一つ一つが丁寧かつ明瞭で、とても聞きやすかったことが印象に残っています。インタビューでご自身の執筆におけるポリシーをお聞きすると、いかに文章を正確に、伝わるように、順序立てるか、ということを仰っていました。お話する中でもまさにそういった藤野さんのポリシーを感じたように思いました。
小説家の職業のお話、大学時代のお話、カメラのお話など、様々なお話を聞けてとても楽しかったです。私はこれから大学に進みますが、藤野さんに頂いた、助けが必要な時には小説に頼ってほしい、知識を得るには本に頼る、という素敵なアドバイスを心に留めて、残りの高校生活、そして大学生活を充実したものにしたいと思いました。

■藤原 こころさん(同志社高等学校3年生)
過去に芥川賞を受賞され、現在も小説家として活動されている藤野さんに直接インタビューをさせていただき、とても貴重な経験になりました。また、自分の生活や将来を見つめ直すきっかけにもなりました。私は普段、自分から進んで本を読むことをしてきませんでした。しかし、藤野さんの「本を読むことは、知識を得るための最も手っ取り早い手段の1つ」「本は無限の選択肢を与えてくれる」という言葉を聞いて、本を読むことで得られる大きなメリットに改めて気付かされました。残された数ヶ月の高校生活、またその後の大学生活を送る中で、できるだけ多くの本に出会い、知識を得て、自分の将来の選択肢の幅を広げたいと思いました。

【藤野さんから次回の同志社人インタビューに登場してくださる方をご紹介いただけないでしょうか。】

同志社大学文学部卒業で古美術商である堂上 卓也さんを紹介させていただきます。
堂上くんは同じ美学及び芸術学専攻の同級生です。この専攻にはおもに美術に関心のある学生が集まります。私は当時、美術館の学芸員を目指していました。私にとって美術は、美術館で出会うものだったからだと思います。だから、堂上くんが卒業後、古美術商の仕事をはじめたと聞いて、目が覚める思いでした。美術は生活の中に、実際に使用する道具としても存在しているのだと、私はほとんど気がついていなかったのです。堂上くんとは卒業後も交流を続けていましたが、今に至るまで、なぜ古美術商の仕事に目を向けることができたのか、古美術商の仕事とはどんなものなのか詳しく聞いたことがありません。
インタビューで、堂上くんのお話を読むのを楽しみにしています。

——— 次回は、古美術商 堂上どううえ 卓也たくや 様(2002年同志社大学文学部卒業)にご登場いただきます!お楽しみに!