アーモスト大学における記念イベントを含む新島襄の足跡を辿るアメリカツアー 感想文
〇同志社内4中高からの参加者
中学生:奥田 恵麻さん(同志社女子中学校3年生)、北田 楓乃さん(同志社香里中学校2年生)、澤嶋 興志郎さん(同志社中学校3年生)、田尻 美咲希さん(同志社国際中学校2年生)
高校生:金 示殷さん(同志社国際高等学校2年生)、高永 晃広さん(同志社香里高等学校2年生)、坂野 紫さん(同志社高等学校2年生)、福田 香帆さん(同志社女子高等学校2年生)
2025年8月23日(土)に、アーモスト大学でのジョンソンチャペルにおいて執り行われました記念集会の参加者の感想です。
下記それぞれのお名前をクリックしていただくと、その方のところに飛びます。(五十音順)
①石川 眞弓先生
②岡嶋 緑氏
③北尾 剛久氏
④北川 貞大氏
⑤北田 楓乃さん(同志社香里中学校2年生)
⑥澤嶋 興志郎さん(同志社中学校3年生)
⑦高永 晃広さん(同志社香里高等学校2年生)
⑧髙尾 和人氏
⑨田島 繁氏
⑩西田 裕美氏
⑪野田 綾子氏
⑫松延 貴司氏
⑬吉井 千鶴氏
⑭吉井 英雄氏
石川 眞弓先生(同志社国際学院初等部・国際部 教諭)
「新島襄の足跡を辿るアメリカツアー」に参加して今回のツアーで、私には3つの大きな出会いがありました。
1つ目はツアーに参加された方々との出会いです。同志社創立150周年というこの節目の年に、意を決してこのツアーに参加していなければお会いすることもなかったかも知れぬ、多くの方々と面識を持ちました。
2つ目はアーモスト大学のジョンソンチャペルで再会した、勤務校の卒業生たちとの出会いです。ほんの少し昔の面影を残した彼らを見ると、在校中の様々な思い出が頭の中を去来しました。彼らの逞しい成長ぶりを目の当たりにして「これだから小学校の先生は面白いのよね。」と心秘かに思いました。
そして3つ目は、新島襄が日本へ宣教師として帰還する直前にスピーチを行った、ラットランドのグレイス教会との出会いです。ここで参加した日曜日の礼拝はとても印象深く、楽しいものでした。オルガンとトランペット、クラリネットの3つの楽器で奏でられる讃美歌には独特の高揚感があり、教会員の方々と共に声を合わせて歌ったのは至福の時間でした。また礼拝後にホールで開催された昼食会では、手作りのハンバーガーやクッキーなどがたくさん準備されていて、教会に万国共通のもてなしを感じました。同席したコンゴ人の親子連れと短い会話を交わしたことも、印象深い思い出です。内戦の激しい故郷を離れ、8ヶ月前に渡米したばかりとのこと。新島を温かく迎え、送り出してくれた信仰のスピリットが今でも息づいている、素敵な教会でした。
最後に、このツアーのためにご尽力くださった全ての方々に感謝を申し上げます。
一緒に参加した私の娘は「七五三太(Shimeta)の会」のイラストレーターとして新島襄の生涯を描いている最中ですが、彼のアメリカでの足跡を間近に見、本井康博先生の奥深いご説明を聞いて、とても多くのことを学んだようです。素晴らしいツアーを企画してくださって本当に有難うございました。
(写真左:グレイス教会の昼食会、写真右:グレイス教会前で)
岡嶋 緑氏
新島襄の足跡を辿る旅~同志社150周年記念事業~ に参加して私がこの記念事業ツアーに参加した動機は、同志社中高からの友人から、このツアーのチラシを受け取って、大学3年の時に「アーモストサマープログラム」で40日間を過ごしたアーモスト大学に41年ぶりに行ってみたいと単純に思ったからです。
新島襄については、中学から授業でも習っていましたが、江戸末期に渡米し、苦労の末牧師となり、帰国後同志社を設立した人。自責の杖の逸話にも象徴されるようにストイックに教育に打ち込んだ偉人という印象でした。
今回、本井先生のお話を聞きながら、アーモスト、ラットランド、フィリップアカデミー、ボストンを巡る中で、20代の新島が憧れのアメリカで、のハーディーという人物に出会い、彼の思いを理解し、元々ハーディー自身夢であったキリスト教の布教を、この遠いアジアの国から来た青年に託してくれたこと、ハーディーの新島への支援が、私たちの母校同志社に礎のひとつであったということを知ることができたのは、大きな学びでした。
また、今回8人の中高生が参加されましたが、彼らのスピーチにも心を動かされました。一緒に話している時も、きさくな会話の中でも礼儀正しく、この年に自分はこんなにきちんとしていたかしら?と思うほどでした。
北尾 剛久氏(1987年同志社大学商学部卒業)
新島襄の足跡を辿るアメリカツアーに参加して海外旅行の経験が少なく、アメリカ、ヨーロッパへの旅行は未経験だったので今回のツアーはアメリカを訪れる良い機会となりました。とはいうものの私一人単身での参加は少々心細かったのですが同志社会計人会の先生が4名参加されたのは心強い限りでした。日付変更線を超え13時間に及ぶフライトでしたが、機内では全く眠れず1日目のホテルで十分睡眠をとることができたので時差ボケに悩まされることはありませんでした。
今回のツアーでは、新島が学んだアーモスト大学、フィリップスアカデミー、演説を行ったグレイス教会、そしてハーディー旧邸と新島ゆかりの場所を巡りました。行く先々で、教会牧師の講話があり、本井康博先生からはジョンソンチャペルにある肖像画や現地でどのような生活を送っていたかなどを詳しくご説明をいただきました。
ジョンソンチャペルとグレイス教会では中学生、高校生たちがそれぞれ勉学の意義、将来の夢や志についてスピーチを行いました。せっかく素晴らしいスピーチをされたのに大変流ちょうな英語のため内容があまり聞き取れなかったのは残念でした。しかし思いは十分に伝わったと思います。皆、将来国際社会でどんな活躍をされるか今から楽しみです。
滞在期間中は天候に恵まれ、京都のような蒸し暑さは感じられず快適に過ごすことができました。ボストンは歴史のある町ゆえに名所旧跡が多く、限られた日程でのかなりの強行軍あったため隈なく見て回るというわけにはいきませんでした。が私にとっては納得のいくすばらしい新島襄の足跡を辿るアメリカツアーとなりました。最後にこの度の旅行に同行いただきました八田総長様、本井先生、学校法人同志社法人事務部の平野様、旅行会社の株式会社ATIの吉田様、高村様、5日間現地でガイドをしていただいた真木様にはお世話になりました。あらためて御礼を申し上げます。ありがとうございました。
北川 貞大氏
ボストンでの気づきこのたび「新島襄の足跡を辿るアメリカツアー」に参加し、新島襄が学び、歩んだ地を訪ねる機会を得ました。新島襄ゆかりの教会やキャンパスを巡ることで、知識としてしか知らなかった新島襄の足跡を、自らの身体を通して歴史を追体験し、実感することができました。そして同時に、現地の人々が今も新島襄と同志社を特別なものとして記憶し、深い敬意を抱き続けていることに心を打たれました。
特に印象に残ったのは、アーモスト大学の講堂に掲げられた新島の肖像画や、グレイス教会の人々が「同志社を産んだのは私たちだ」と誇らしげに語る姿です。新島襄が彼らにとって誇りそのものであることを強く感じると同時に、そこには同志社卒業生への大きな期待も込められているように思えました。その期待に果たして自分は応えられているのだろうかと、自問せずにはいられませんでした。
今回の旅を通じて、同志社の姿勢と存在そのものを、単なる母校の理念としてではなく、自分自身の課題として受け止める必要があると感じました。また、願わくば、今の同志社の評価に甘んじるだけではなく、不断に研鑽を重ね、同志社をさらに誇りある大学へと育てていけるような卒業生でありたい──そう心に刻む旅となりました。
(写真左:新島襄の肖像画の掲げられたアーモスト大学講堂、写真右:フィリップスアカデミー図書館)
同志社香里中学校2年 北田 楓乃さん
「新島襄の足跡を辿るアメリカツアー」に参加してまずはこの「新島襄の足跡を辿るアメリカツアー」に参加できたこと、同じ学生の皆さんや卒業生の方々と新島先生ゆかりの地を訪れることができたことを本当に嬉しく思います。このツアーは私にとって忘れられない経験になりました。
これは私の初めての海外経験でした。なので本当に全てが新鮮で楽しく、このツアーは驚きとわくわくの連続だったなと感じています。とにかく量が多い食事や見たことのない形の信号機。英語しか書いていない街中の看板。海外に慣れている方にとってはわざわざ言葉にするまでもないほど当たり前のことだとは思いますが、私にとってはまず「外国を訪れる」という点で充実した、学びの多い4泊6日でした。
そしてアーモスト大学やフィリップス・アカデミー、グレイス教会を訪れて深い感銘を覚えました。新島先生が学びを積み重ねたり、志の実現に向けての一歩を踏み出したりしたその場所に自分は立っていると思うと、何とも不思議な気持ちになりました。ただ同時に新島先生の志の出発点を目の当たりにして、同志社の一員としての自覚を再認識した時間でもあったのだと思います。新島先生について思いを馳せたり、お話を頂いて同志社の原点を垣間見たりした、本当に貴重な体験でした。
私は中学2年生で、まだまだ知らないことが多く、未熟です。しかしだからこそ、これからの同志社での生活で学びを得ていき、「一国の良心」といえる人間としてこれからの社会を生きていきたいと思います。このツアーは同志社について学び、私の心の大きな糧となる、本当に大切なものになりました。ありがとうございました。
同志社中学校3年 澤嶋 興志郎さん
今回のツアーに参加させていただき、私の夢である「海外に出て活動したい」という思いが、さらに強いものとなりました。フィリップス・アカデミーは高校とは思えないほど立派で豪華な建物が並び、広大な敷地でのびのびと学べる素晴らしい環境がありました。フィリップス・アカデミーにある数々の美しい建物の中でも、特に感銘を受けたのはチャペルです。今回のツアーで多くの学校や町のチャペルを訪れましたが、私にとってフィリップス・アカデミーのチャペルが最も美しく感じられました。チャペルを入った正面にはとても大きなパイプオルガンが置かれており、チャペルを支える柱には一本一本丁寧に装飾が施されていて感動しました。
ボストン市内に足を踏み入れると、まず目を引くのは赤レンガ造りの建物たちです。ボストン市内には今もなおレンガ造りの建物が数多く残っておりますが、特にビーコン・ヒルにあるハーディー邸の並びには圧倒されました。レンガ造りの建物たちが道を挟むように建っていて、目の前には広い公園が見え、すぐ近くに金色の屋根の州議事堂があり、美しい自然とボストンの長い歴史、両方が感じられました。
今回新島襄先生の足跡をたどり、ゆかりの地を訪れることで、海外で活動したいという夢がさらに強くなりました。150年もの時を経た今もなお、遠く離れたボストンという土地との交流が絶えず続いているのは、今もジョンソン・チャペルの正面に肖像画が飾られていることからもわかるように、新島襄先生のお人柄からだと考えられます。今回のツアーに参加させていただいた者として、これからも交流が途絶えぬように、同志社の一員として自覚を持ってこれからの残りの学生生活を送りたいと思います。今回のツアーに参加させていただき、本当にありがとうございました。
同志社香里高等学校2年 髙永 晃広さん
今回、同志社創立150周年の節目に参加させていただきました、同志社香里高校の髙永晃広です。ツアー3日目にはグレイス教会にて勇気の大切さという題材をスピーチしました。スピーチ原稿を考えるにあたり、自分自身の大切にしていることは何なのかということを考える機会がありました。その時に気づいたのは、自分はチャレンジを繰り返すことで、様々な困難に向き合ってきたのだなということです。言葉の壁というのは国を超えコミュニケーションをする際に必ず存在します。しかし、海外生活も通じて感じたことはどのような環境で、どのような育ち方をしたかに関係なく、人類には言葉以外にも通じあえるようになっているということです。表情をはじめ、同じ場所で同じ経験をすると、人は思いを分かち合えることがあります。このことから発展して誰かが頑張ってチャレンジしていると、その「勇気」はポジティブな連鎖につながるのだという思いから、最後は自分自身もチャレンジを続けるという内容で締めさせていただきました。グレイス教会では予想を超える参加者の皆様、現地の教会員の皆様と、自分の本当の想いを共有できたことはこれからの人生の宝物です。自分にとっては新島襄先生の足跡を本井先生のご講演で様々な秘話を教えていただき、辿りながら様々なアメリカの最先端を走る教育施設に訪れることが来たのも素晴らしい経験でした。年齢も近い学生がキャンパスにいるのを見て、世界をこれからリードする人々なんだろうなという思いを馳せると共に、「今」から自分も気持ちを引き締めて頑張ろうと思いました。今回のツアーを企画していただいた本井先生をはじめ、東先生、すべての皆様、ありがとうございました。学校から励ましの言葉と共に送り出してくださった先生方ありがとうございました。最高の思い出ができました!
髙尾 和人氏
創立150周年記念で新島 襄の足跡を辿るアメリカツアーに参加。私としては40年前に7人のメンバーで来ていますが、今回は同志社の教職員やその家族、そして家族の一員である中学校の生徒達、総計50人が賑やかにキャンパスを巡り驚くことが多い、特に写真の様に80メート以上の高さの塔を持つ施設、広々としたグランド、多くの校舎。校舎の色は同志社大学と同じ(新島襄がその色を指示したのだろうか)。幾つもの教会が有りましたが、大きい教会の中でキリスト教礼拝が有り、我々全員は静かに聞いていました。
アーモスト大学のジョンソンチャペルでは中学生の男子生徒・女子生徒が素晴らしい英語でスピーチしました。(生徒たちの夫婦は鼻が高かったと思います)。最後に八田英二総長が英語でスピーチされ拍手喝采でした、多分新島襄の気持ちでおられた事でしょう。
大きいバスで長い距離の中、次第に私も幾人かの先生方と会話して良く笑いました。京都から地球半分ぐらい遠くへ来ましたが、新島襄は船でボストンまで行ったのですから驚きます。大きな考えを抱いて日本に帰り、今の同志社が有るのですね。同志社も凄い。
田島 繁氏(元同志社中学校教諭)
「アメリカンツアーに参加して」20年前、教職員組合レク主催で「新島襄の足跡辿るボストン・アーモストの旅」を企画し、31名の教職員、家族が参加した。今回の特徴は中高生各4名のアーモスト大学とグレイス教会でのスピーチで、流暢な英語で「私の夢、志し」を発表した。本井先生の説明で訪問地での新島先生との関係をより深く理解できた。Tawa教授に私の本「新島襄の足跡 海外国内15コース」を手渡し、同大から2年間派遣される阿部壱慶君と交流したいと名刺を渡した。
(写真左:フィリップスアカデミー集合写真、写真右:本井先生と)
西田 裕美氏(読売新聞大阪本社)
新島襄の足跡を辿るアメリカツアーに参加してアーモスト大学を初めて訪れたのは19歳の時。同志社大学2年生でサマー・プログラムに参加した。41年ぶりのキャンパスはレンガ造りの建物がずいぶん増えて、なんだか小さく見えた。
最も驚いたのは地質学の研究棟だ。まるで恐竜博物館で、見上げるような巨大な骨格標本が何体も並ぶ。足跡もある。
当時、過ごした寮や食堂の位置を確かめ、芝生を抜ける坂道を登りながら、懐かしい思い出に私自身が浸っていたのとは別に、今回のアメリカツアーの最大の山場は中高生8人の英語によるスピーチだ。アーモスト大学のジョンソン・チャペル、ラットランドのグレイス教会で、8人は自分の将来像や英語学習そのものの考察、教わることの意味をしっかり語った。
グレイス教会は新島襄が涙ながらに日本での学校設立を訴え、約5000ドルの募金を集めたところだ。言わば同志社の出発点。その同じ場所や新島襄の肖像画の隣でスピーチし、一人ずつ参加した大人からメッセージが寄せられた。温かい交流だった。
まさに良心教育が次世代にバトンされたように感じた。
アーモストは私の特別な場所なので、実は出発前から「あの地に行く」と思うと、参加させてくれた両親を思い出しては涙ぐんだり当時の記憶がよみがえって感傷的になったりしていた。
8人にとっても、この夏のツアーはきっと宝物になるだろう。
(写真左:アーモスト大学に新設されていた地質学の研究棟。恐竜の骨格標本を見上げる、写真右:ジョンソン・チャペルの前で、八田英二同志社総長・理事長(写真中央)を囲む。(右から)サマー・プログラムに一緒に参加した片山三喜子さん、岡嶋緑さん、一人おいて北村友香理さんと西田)
野田 綾子氏
今回のツアーに家族4人で参加させていただき、本井康博先生の「特別講義」をアーモスト大学ジョンソンチャペルでの講演はもちろん、訪れた場所や散策中の会話の中でも贅沢に聴講させていただく旅となりました。
「デイビス、ハーディ、ラーネッド。お母さんは誰が好き?」娘達からよく質問された同志社小学校の生徒なら必ず知っている同志社ゆかりの方々のお名前。今ならこう答えます。ハーディさんがいいな。新島襄先生を家族として見守り、その奇跡的な足跡を残してくださった人。どんな資料を読むよりも、お二人の間に起きた出来事やその関係性を理解できた気がしました。
同志社卒業生ではない私ですが、創始者の「志」やその歩みを誰にでも伝わる言葉で語り繋いでいく方々がおられること、また、そうできる環境が自然と整うよう八田英二先生を始めとした関係者の方々が「同志社」の中で自然体でありつつ、能動的でおられることを明確に感じられる学校が他にどれだけあるだろうと尊敬の念を抱きました。
創始者の意志を150年間丁寧に繋ぎ、そしてこれからも、自分が気づき得た果たすべき役割に新たな意味を見出し続ける人物を世に送り出すであろうことが、中高生の方々のスピーチにも証明されているように感じました。今年、同志社中・高に進学した娘達にとって、先輩方の堂々たる姿は、忘れ得ないものになったと思います。各校を代表するに相応しいスマートさの中にも未来に対する心地良い熱量を感じると同時に、丁寧に過ごす日常の中で身につけた力が言葉となり、その「志」を多くの方々に伝えた瞬間でもあったと実感しました。
本井先生のお言葉で「置かれた立場を自覚し、そのために果たすべき役割と責任とを新島先生にお伝えし、約束すること」ができる「人物の学びの場」であり続ける同志社であってほしい、そんな願いを込めて旅の感想とさせていただくとともに、お世話になりました皆様に心よりお礼申し上げます。
松延 貴司氏(元同志社香里中学校高等学校教諭)
「新島襄の足跡を巡るアメリカツアー」に参加してAmherstを訪れるのは2001年の香里中高ボストン語学研修引率時以来4度目となりました。最初は高校生の時にボストン近郊に留学していた折のことです。ホストファミリーの書棚にあった古い百科事典を何気なくめくっていたとき、Joseph Hardy Neesimaの見出しがあるのを見つけて衝撃を受けました。ホストマザーに新島先生に関する話を伝えて、Amherst Collegeへ連れて行ってもらいました。誰の案内もなくやみくもにキャンパスを歩きまわり、ここに肖像画が掛かっているはずだとチャペルの扉をあけてそれを発見したときには、言葉に表せないほど感動したことを今でも覚えています。
今回はAmherstのほかにも新島先生ゆかりの地を訪れましたが、それぞれの場所に立つことで当時の新島青年が過ごした生活を追体験できた気がします。その生活は苦労の絶えないものだっただろうと想像できますが、きっと神様と多くの人々の愛に包まれた幸せな時間だったのではないかと思います。
私はいままで香里中高の礼拝の奨励で、「新島先生は日本とアメリカで支援者となる多くの人々との偶然の出会いの積み重なりで同志社を築かれた。その偶然の出会いは新島先生の篤い志が引き寄せてきた」といった趣旨の話を何度かしてきました。しかし、今回、様々な方のお話を聞かせていただきながら当時の様子に思いを馳せる中で、そのような出会いは実は神様によって導かれていたのではないかと思えてきました。特にハーディー氏との出会いは単なる偶然と言う一言で済ませられるものではなく、そこには神様の強い意志を感じますし、必然と言わざるをえない気がします。私自身、同志社で学び、働かせてもらうようになったのも偶然の出会いの結果でしたが、ひょっとすると神様に導かれて同志社に来たのだと自惚れてしまいそうになりました。
ニューイングランドで与えられた様々な良心を基にして同志社が創られたのだと強く実感することができるツアーでした。今後も今回のような同志社の源に触れる経験ができる機会が多くの人に与えられることを願っています。
(写真左:Old South Churchにて、写真右:ハーディー氏旧宅前にて)
吉井 千鶴氏
新島襄の足跡を訪ねる旅において日本国内の生誕、終焉、脱国、伝道の地を訪れたのちに、最も大切なピースが埋まった達成感のある旅となりました。35年前、大学3回生の夏休みに函館キャンプで訪れた新島襄脱國の碑の前で「こんなところから小舟にて出発したのか・・未知の国へ」と衝撃をうけた記憶が、この旅で蘇ります。それは、函館から帰国までの約10年間がただその幸運だけではなく、新島襄という人柄があったからこそ支援される環境が整えられ続けたのであろうと思い巡らすに至ります。この旅によって、名前だけを知る校祖新島襄から、今も生きる新島襄が私の中に入り込むという認識の体験となりました。約150年前のハーディ夫妻からの絶大な愛と資金の後ろ盾が、農夫の2ドルの献金が、同志社の礎であることを現地で体感しました。そして今、私がその恩恵をこんなにも受けているということ、同志社という環境の中で学ぶ機会があったことがいかに貴重なことかを気づくことができる旅となりました。200周年となる50年後に、良心を手腕に運用する人材を輩出すべく、この学生の学び舎がより豊かになっていることを深く切望しています。
最後に、ツアー運営にご尽力くださった方々、旅にて交わりくださった方々、旅のすべてが守られたことに感謝いたします。
吉井 英雄氏
二度目の150周年ツアーを終えて昨年に引き続き150周年ツアーに参加した。前回は初めての東海岸でもあり、アンドーヴァー、ラットランド、アーモストなど訪問した新島ゆかりの地は何処も予想を遥かに超えて広大で素朴で自然豊かなことにたいそう驚いた。高緯度にあるマサチューセッツの10月は秋も深まり紅葉が美しかった。このような素晴らしい環境の中で学ぶ機会を得た新島の幸運を、150年後に訪問したひとりの教え子として、心から祝福した。
今回は、前回ほどの驚きはなかったが、短期間のうちに新島ゆかりの地を再訪出来たことは感無量であった。ボストン滞在を3日延ばしたことで、前回ほぼ素通りだった市内をじっくり散策でき、新たな発見も多くあった。アメリカ発祥の地と言われるボストンのいたるところで、会衆派の源流であるピューリタン入植や独立戦争の痕跡、さらには人種差別の傷跡を見た。それにしてもよくもまぁこのような白人中心の場所で、縁もゆかりもなく言葉も話せない異邦人新島が、裕福で心優しいパトロンに巡り合い、超一流の教育を受けさせてもらえたものだと人の縁の不思議に改めて想いを巡らせた。
今回のツアーでは、同志社各中高の若き友人達とも時間を共有できた。みなそれぞれに固有の夢を語ってくれた。彼らには、若くして校祖新島の足跡に触れることの出来た幸せに感謝するとともに、是非今後の人生の糧にしてほしいと願う。新島は大学創立に際して政府要人から「大学の完成には何年かかるか?」と問われ、「200年」と答えたそうだ。新島がラットランドのグレイス教会で日本にキリスト教主義の学校を作る約束をして150年経ったわけだが、完成までにはさらに50年が必要という計算になる。今回の150周年ツアーに参加した中高生諸君は是非「200周年ツアー」にも参加して、グレイス教会に「同志社の完成」を報告してほしい。そのツアーには私も参加できるよう今から精進したいと思う。


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