同志社人インタビュー第2回 ~宗田勝也さん~
『同志社人インタビュー企画』第2弾として、宗田勝也さんにインタビューを行いました。
宗田勝也さんは「難民ナウ!」というラジオ番組を通して、難民問題に地道に長く関わってこられています。ウクライナの戦争により、私たちもニュースなどで目にする機会が増えてきているものの、なかなか自分事として考えることができないでいる難民という課題に、宗田さんがなぜ関わるようになったのか、私たちにできることは何か、についてお伺いしました。
≪プロフィール≫
宗田勝也 氏(写真:中央)
2012年3月、同志社大学大学院博士課程後期課程を修了。現在、総合地球環境学研究所に勤務しながら、ライフワークとして難民問題に20年以上関わってきた。「難民ナウ!」というラジオ番組を通して、難民についてソフトに知ってもらう活動を続けている。
インタビュアー
・同志社大学法学部3年次生
青木 菜々子(写真:左)
・同志社高等学校3年生
泉 優香(写真:右)
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Q:宗田さんのチャップリンの伝記の話や、吉本興業で活動されていたという経験から、宗田さんの中には「笑い」に対する考え方が大きくあるように感じましたが、学生時代は、どのような性格だったのですか。
A:
小さなころから、お笑い番組や吉本新喜劇を観て育ちました。
また、自分の家庭が経済的な理由からバラバラになりかけたときに、母親にチャップリンの伝記をもらい、「笑い」で自分の周りの環境を変えようとしている姿に励まされました。嫌なことや辛いことがあっても、笑えば「また明日から頑張ろう」と思えます。そのような人を元気づけられる「お笑い」というものに非常に関心のある子どもだったのではないかと思います。
学生時代は、お楽しみ会などでシナリオを書いて、皆で劇をするといったようなことに喜びを見出して、とにかく人を楽しませたり、笑わせたりすることが好きな学生でしたね。
「お笑いが大好き」という気持ちは、今も私の原動力です。
Q:難民問題という堅い内容をラジオで取り上げようと思ったきっかけや、想いはどのようなものだったのですか。
A:
「静かな津波」と表されるように、難民問題の解決には、平均すると17年もの期間を要すると言われています。そのような長期化しやすい難民問題を解決するためには「メディアの活用」と「問題への持続的な関わり」が重要だということを、緒方貞子さん(注1)を描いた本をきっかけに知りました。そこで、持続的に情報を届けているメディアの事例を考えたときに「天気予報」が思い浮かびました。難民という深刻な問題をそのまま投げかけられても、なかなか受けとめきれないと思います。そこで、天気予報のように「難民問題をできるかぎり軽く届けたい」という思いから「難民ナウ!」(注2)を始めるに至りました。
Q:では、「難民ナウ!」を始めてから難民問題の状況の変化を体感することはありましたか?
A:
約20年、難民問題に関する活動を続けてきましたが、難民や国内避難民など住み慣れた故郷を追われた人は、現在、1億人を超えている状況です。「難民ナウ!」を始めた頃と比較しても他者に対する排外的な風潮など事態は悪化していると思います。一方で、「自分たちにできることがあるのではないか」と考え、行動を起こしている人たちのネットワーク、つまり、悪い方向へ進むことに抗おうとする努力も広がっていると感じます。「難民ナウ!」は、そのようなコミュニティ同士の繋がりを作る役割を果たしていきたいです。
Q:宗田さんにとって、同志社とはどのようなところですか?
A:
「困っている人に手を差しのべること」を学べる場所だと思います。自分のことや、周りの大事な人を大切にすることからもう一歩踏み出して、世界中の困っている人に想いを馳せ、手を差し伸べる大きな志を求められるのが「同志社」ではないでしょうか。そして、私はそのような思いを持った同志社の学生・生徒の皆さんとともにこれからも活動をしていきたいと考えています。
Q:私たち学生・生徒が一緒にできる活動とはどのようなものですか?私たちがそれほど難しく考えることなく、関われるようなことがあるのでしょうか?
A:
「難民問題に関心を持つ」ということだけでも、とても大きな難民支援です。
効率化が求められる現代社会の中で、一旦立ち止まり、今、自分が直接関係していないように思える様々な問題に想いを馳せることは思いのほか難しいです。しかし、そのような一歩こそ、決定的な変化をもたらす可能性につながるのだと思います。
また、難民問題の解決のためには、地域や暮らしもこれまでと変わる必要があると思っています。そのため、地域の人たちを巻き込み、地域に浸透するような活動を行っていきたいですね。そこで、同志社の学生・生徒の皆さんとともに、ラジオ番組の制作や、地域でのイベントを企画するなど、様々な提案をしていきたいです。
Q:最後にお尋ねします。今後、同志社にはどのような学園になっていってほしいですか?
A:
今のように、学生がキャンパスで学び、友人と語らえる学園であり続けてほしいと思います。現在、ミャンマーを含め、多くの地域で紛争が起こっており、自分たちが当たり前に学べていることが、実は当たり前のことではないということを強く感じています。そのため、同志社という学園は、今後も、学生たちが自由に、そして大らかに学べる場所であってほしいです。
大学院在籍時のフィールドワーク調査(インド)
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(注1)緒方貞子
緒方貞子さんは、日本人で初めての国連難民高等弁務官として、1991年から2000年まで10年間の任期を務めた。紛争の恒久的解決を目指して国際社会に積極的な関与を求め、難民問題と平和構築には深い関係があることを世界中に訴えた。
(注2)「難民ナウ!」
「難民問題を天気予報のように」をコンセプトに、子どもたちが、自分の家で安心して眠れる日を夢見て活動を続けている。2004年2月から、京都三条ラジオカフェ(FM79.7MHz)で毎週土曜日19時に放送中。
インタビューを終えて感想
■青木 菜々子さん(同志社大学法学部3年次生)
インタビュアーとして参加させていただき、大変貴重な経験をすることができました。
インタビューを通じて、難民支援のために、まずは「自分に直接関係のない問題にも目を向けてみる」ことが大切なのだと気づきました。難民問題を自分事として捉えることは簡単ではないけれど、どの国で何が起こっているのかということに興味を持ったり、想いを馳せたりすることが、難民問題の悪化に抗うための、大きな一歩に繋がるのだと感じました。同志社学生新聞局の一員として、今回のインタビューで学んだことを、新聞などの媒体を通じて、多くの人に伝達・発信していきたいと思います。
■泉 優香さん(同志社高等学校3年生)
今回は同志社人インタビュー第2回に参加する機会をいただき、ありがとうございました。学生生活のひとつの節目として、素晴らしい体験ができました。
今回のインタビューでは、吉本新喜劇の話で笑いが起こることもあれば、日本も含めた世界全体の難民の現状を伺って真剣な顔になることもありました。また、宗田さんはインタビューに答えるだけでなく、インタビュアーである私たちにも意見を求めて聞いてくださり「私は今、少しだけれども難民問題を主体的に考えられているんだな」という気持ちになりました。
難民問題について全く考えないことと、少しでも思いを馳せてみること。そこには大きな差があると今回のインタビューで実感しました。視野を広く持ち、自分にできることを探し続ける「同志社人」になれるよう、これからも過ごしていきたいと思います。
この度は、本当に貴重な場を提供していただきありがとうございました。
【宗田さんから次回の同志社人インタビューに登場してくださる方をご紹介いただけないでしょうか。】
KBS京都アナウンサーの海平 和(うみひら なごみ)さんを紹介します。
私は、同志社の魅力の一つとして「大らかさ」を挙げましたが、海平さんはテレビやラジオの仕事を通して、まさに大らかに人と接し、情報を伝えておられるように思います。人が分断され、互いに排除しようとする空気も広がりつつある時代に、海平さんが同志社で学ばれたものを多くの方に知っていただきたいです。
———次回は、海平 和さん(2010年3月同志社大学経済学部卒業)にご登場いただきます。お楽しみに!